蠍は留守です記

蠍の不在を疑わずに眠る暮らしの記録

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旅とわたし:ランギロア島(フランス領ポリネシア)

このエントリは『旅とわたし Advent Calendar 2016』の3日目です。

南の島にも冬はある。南の島にも雨は降る。頭の中で南の島を想像するときには、ついつい忘れてしまうことだけれど。

はじめて冬の南半球に行ったのは、ランギロア環礁を訪れたときだった。ランギロア環礁は1日目と2日目で紹介した島々と同様、フレンチポリネシアに属している。環礁としては世界で2番目に大きいのだそうだ。印象をひとことで言えば、とにかく海が青い。特に外海は本当に青い。

冬である7、8月には強風が吹き、天候も荒れる。どんな季節であれ、旅行者の身分としては、できれば晴れてほしかったり、その場所が一番輝いている様子を見せてほしかったりするものだ。その程度の気持ちはかわいい身勝手として許されるだろうが、自然はそんなことお構いなしに営みを続ける。だがそれがまたいい。

ランギロアの海

ランギロア環礁の外側は荒々しい海で、ひとときも同じ姿を留めないほど大海から波が押し寄せる。一方、内側は穏やかな眺めだ。ほんの薄い輪っかのような場所に、私たちは立っている。

たびたび空と海の色の境がなくなり、大きなひとつの空のように見えたことが、ランギロアの名前の由来なのだという。朝目覚めると、本当に境目がなくなっていたりする。そんなとき、ランギロアで眠る人々はみな、空の一部なのだなぁと不思議な気持ちになる。

空と海の境目がわからなくなっている

ランギロアでエキサイティングだった体験はいくつもあるが、無人島での数日間の宿泊体験はいい思い出だ。無人島と言っても管理者はいるのだが、バンガローには電気も照明器具もない。あるのは簡易シャワーとランタンだけ。食事の際には管理人さんが法螺貝で呼んでくれる。

英語圏の人が言葉で困るという経験は、相当ショックなものらしい。フランス語圏の無人島では英語に主導権はないのだ。同じ時期に滞在していたアメリカ人家族は、私が彼らの英語に対して相槌を打つ様子を見せたとたん、ぱあと顔を明るくし、まるで堰を切ったようにおしゃべりをはじめた。なんだかその様子がおかしくて、気付けばほとんど共通点のない彼らと、奇妙な連帯感の中で会話を楽しんだりしたのだった。

唯一の照明ランタン

そんなふうに誰かと話しているときでも、夕焼けの色はいつも私を立ち止まらせる。散歩をしていても、読書をしていても、何をしていても。

空が移ろい、海が答える。刻々と変わる色に魅入られれば、そこから動けなくなる。空は一秒たりとも同じ色を見せない。ずっとここで暮らしたいなぁと思う瞬間は、こんなときに訪れるんだなぁと知った。

夕凪の海

時間が流れるのはゆっくりなのに、夕陽の落ちる速度は驚くほど速い。するするするっと音が聞こえるのではないかと思うくらい。「あっけなく沈む」とト書きを入れたくなるほどに。日が沈めば、東の端っこから濃密な夜が忍んでくる。放射状に残る夕陽の気配を、夜の両腕がじんわりと囲う。長い睫毛を伏せるように、西の空が目を閉じていく。

自分がどうしようもなく旅人なのだと感じるのは、こんなときだ。いつまでもここにいたいと願うのに、ここが自分の場所ではないと知っている。どんな場所に旅をしても、この気持からは逃れられたことはない。

日が沈み、カクテルのように静かな層ができた空

ランギロアを再訪したい理由は、もはや説明の必要もない。儚いようで頼もしい珊瑚礁の島に、また立ってみたい。もう一度、大きな空の一部になりたいのだ。


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