このエントリは『お茶とわたし Advent Calendar 2015』の9日目です。
お茶のことを調べたり、情報交換したりしていると、「品質のよいもの/品質のよくないもの」という話が必ず出てくる。品質のよいものについて話している時には平和なのだが、そうでないものについての話題はセンシティブになりがち。個人の好き嫌いの話と切り分けができないことがあるからだ。
品質がいい=自分が気に入る味、というわけではない。また、一般的には品質がよくないという評価を受けているけれども、自分にはしっくりくる味というのもある。
個人的には、人工的な添加物で着香してあるお茶全般が好きではない。それは品質の問題ではない。もちろん、ジャスミン茶などの花の香りを付ける系のお茶はそれに該当しないのだが、その違いをうまく説明するのは難しい。添加物で着香された香りの違和感を的確に表現する語彙を今のところ持たない。
よく「着香されたお茶は偽物だ」という言い方を耳にする。着香していません、天然モノです、何も添加していません、という触れ込みであれば、確かに偽物だと言える。でも、着香していると元からうたっており、着香でよい香りを感じるからうれしいと思う消費者がそれを購入するのであれば、それは偽物ではない。
着香されているものを気付かずに天然モノとして飲んでいることも、あるいはあるかもしれない。それはそれで、心から美味しいと思って飲んでいるのであれば、それでいいような気もする。本物だとか偽物だとかどうでもいい。自分にとって美味しいお茶なのか、そうでないお茶なのか、それだけで判断した方が精神衛生上よい気もする。
私が人におすすめをする時は、自分が好きか嫌いかで判断している旨を明確に言うようにしている。私は自分が好きだと思わないお茶はおすすめできないし、でも私が好きでないお茶の中にあなたの好きなお茶がある可能性は星の数ほどある。やはり自分の好みには自分で探さないと辿り着かない。
正解がないから、味わい深いのかもしれないよね。