このエントリは『旅とわたし Advent Calendar 2016』の7日目です。
海と言って思い出すのは、南の島ばかりではない。南仏の海の色も忘れることはできない。
タヒチ好きが高じてフランス語を学習するようになってからは、俄然フランスに興味が出るようになった。すこし長めの休み(1ヶ月弱)を取ってフランスに行ったときに、南仏まで足を伸ばしてみた。
南仏で観光地として有名なニース。地中海に面したビーチに沿って敷かれた散歩道はとても美しく、プロムナード・デ・ザングレ(イギリス人の遊歩道)という名で親しまれている。
訪れたのは10月の末だったが、多くの人がビーチでのスイミングを楽しんでいた。長く続くビーチは市営になっていて、夕方までは監視員がいるし、パラソルもたくさん出て賑やかになる。
市営ビーチを抜けた外側では、お決まりのように釣りをしている人たちがいる。ニースに限らず、南仏の小さな街はどこを歩いていても「釣り禁止」の立て札が立っている場所に必ず釣り人がいるのが愉快だった。私が見ていると、共犯者を見つけたとでも言いたげな笑顔を向けてくるのもおもしろかった。
砂浜というよりは、ゴロゴロした石が多い。ポンシェットビーチの端っこになると、浜というよりは河原のような感じ。変わった模様の石を探したり、賽の河原よろしく積んでは崩したり。石の感触をいいだけ楽しんで散歩した後は、旧市街の石畳すらフラットに感じるほどだ。
とはいえ、ニース旧市街の石畳は比較的歩きやすいし、平らだ。子どもがおもちゃの車で遊べるくらいには。ニースには1週間ほどしか滞在しなかったが、なんだか懐かしい感じのする旧市街が心地よくて、ついつい足を向けた。
街のあちこちに芸術や音楽が溢れていたが、いちばん心打たれたのは街角のオルガンである。おそらくサルヤ広場の端っこだったと記憶しているのだが、街角にオルガンが置いてあった。いや、毎日運んでいたのかもしれない。とにかく夕暮れどきになると、若い男性がどこからかやってきて、そのオルガンを弾いた。
オルガンはよく響いた。うすい桃色に染まった空の色をよく覚えている。どんな旋律だったかは忘れてしまった。この時間が、自分が旅人なのだ、ほどなくここを去る人間なのだ、と感じるひとときをくれた。
自分の旅史上、もっとも心細い思いをしたのもニースだった。
少し離れたタンドという街に遊びに行ったとき、乗り換え駅がイタリアの駅になるのだが、タイミングを逃して終電近い帰り時間になってしまった。イタリアの駅では、フランス語表記がびっくりするくらいなくなる。看板になんと書いてあるのかまったくわからない。気軽にインターネットが使える時代でもなかったので、ググるというわけにもいかない。
結局、よく周りを見渡して、地形や方角を考えて、絶対フランス側に向かうはずだと信じた列車に飛び乗った。乗ったはいいが、車掌さんですら悪そうな人に見えてきて、出発してもドキドキがおさまらない。しばらくして記憶にある方角のほうに、見覚えのある街の明かりが見えてきたときには、心から安堵した。
このスリリングな体験は、その後の旅での自分なりの土地勘のつけ方と、土壇場での判断力や度胸みたいなものを培ってくれた気がするな。
ニースに再訪したい理由は実はいろいろあって、漠たるところでいえば、もっと街の空気を味わいたかったという心残りが大きいのかな。カンヌに行ったりモナコに行ったり、拠点として便利だったがゆえに、あまりニースそのものを歩かなかった気もしていて。
それから、友人がいる街でもある。リゾートとしての側面だけでなく、人が暮らす街としての側面をもっと見てみたいし知りたいなぁと思う。
もっと具体的なところでいえば、トラムに乗りたいから。私が訪れたときはちょうど工事中で、街がずっと埃っぽかった。工事が終わってきれいになった街で、完成したトラムに乗りたい。なんだかんだで、この俗っぽい気持ちがいちばんの動機なんだろうな。あはは。